漬物由来Pickles Origin

沢庵由来

「たくあん」のような食べ物は平安時代にはすでに作られていたとされるが、「沢庵」の名が付いた有名な話の一つに江戸時代の臨済宗の僧・沢庵和尚が考案したという言い伝えがあります。沢庵和尚が徳川家光に献上したところ『名前がないのであれば、沢庵漬けと呼ぶべし』と言ったと伝えられています。またそれまでは塩のみで漬けていた沢庵を米糠、柿の皮等を使用し更に美味しい沢庵を作ったと言われております。

東海寺では禅師の名を呼び捨てにするのは非礼であるとして、沢庵ではなく「百本」と呼びました。また沢庵和尚の墓の形状が漬物石の形状に似ていたことに由来するという説もあります。 またある話では「貯え漬け(たくわえづけ)」が転じたものである、とも言われております。

沢庵には干して漬けたものと、干さずに幾度となく漬け替えて沢庵にしたものがあります。大根をそのまま糠床に漬けると水分で糠床が湿っぽくなって、また保存が効かない事から一度干して漬け込むのが「干し沢庵」。また、干さずに塩で一度漬け込み水分を抜き、柔らかくしてその後、再度漬け込んで更に水分を抜く(本漬けする)「塩押し沢庵(生たくあんとも言う)」があります。

「干し沢庵」の特徴は大根を干す事で余分な水分が抜けることで歯ごたえが増し、また糖度が上がり甘味が増します。さらに各栄養分も高くなります。その歯ごたえと風味が干し沢庵の特徴です。

「塩押し沢庵(生たくあん)」は何度も漬け替えることで、パリパリとした程よい歯ごたえが魅力であり、また沢庵特有の色と香り、そして風味が食欲をそそります。漬物の中でも最も身近な沢庵漬。

焼き魚と味噌汁と白ごはんそして数切れの沢庵、これが日本食の原点であります。

高菜漬由来

「高菜」は1000年前(平安時代)に高菜の元となるものが中央アジアからシルクロード経由で日本に伝わりました。西暦892年発刊の『新選字鏡』には高菜の事を「太加奈」と記載してあります。明治時代に中国四川省から高菜の在来種というべき青菜が日本伝わり九州・東海地方に伝わりました。そこで九州では紫高菜、柳川高菜、相知高菜となり高菜漬に適した三池高菜となっていきました。東海地方の和歌山、三重には高菜漬を使用した「目張り寿司」があります。温暖な気候により高菜は九州各地で広まっていきました。

高菜はカラシ菜の一種でワサビやマスタードと同じ辛み成分を有しております。それにより保存性高い野菜であります。高菜には大きく分けて「ちりめん高菜」、「阿蘇高菜」、「三池高菜」があり「ちりめん高菜」は辛みが強く、浅漬け風にして食べます。「青高菜」「新高菜」などと呼ばれます。

「阿蘇高菜」は熊本県阿蘇地方で栽培され、茎の部分が良く伸びほうれん草に似た高菜となります。茎が長いことからシャキシャキした漬物になります。長期に漬け込み乳酸発酵させた物や短期間に浅漬け風に漬けたものがあります。

「三池高菜」は肉厚で葉が広く辛みもあります。特に長期に漬けて乳酸発酵させた高菜漬に多く使用されます。また浅漬け風にしても美味です。葉が広く、茎もしっかりしていることから漬物にしても歯ごたえもあり、刻んで油で炒めたり、唐辛子とまぜてピリリとした辛子高菜に仕上げたり、醤油漬にしたりと発酵した高菜の風味を生かして食べることが出来ます。

乳酸発酵させる高菜漬は1日天日乾燥させ柔らかくし、塩とウコンで漬け込みます。 漬け込まれた高菜は乳酸発酵により風味が強くなり、また綺麗なベッコウ色に仕上がります。葉物の漬物の中でも食物繊維が豊富なことから冷凍しても食べることも出来ます。  永い時を経て漬物に最適な高菜の品種が出来上がり、また先祖の知恵により風味よい高菜漬として全国に知られるようになりました。

長い歴史の中で保存性と美味しさを求めながら、進化し現在の低塩で食彩ある漬物が作られてきました。今日に至っても、野菜をいかに貯蔵し、美味しく、健康的に食べるか、という考えは変わっておりません。